2017年5月5日金曜日

平仲国とは

「日本馬政史」の徳川幕府の馬医の所に桑嶋流「伯楽病理口伝」の事が述べられて次のような系図が示されている。
九州肥後平仲国息安国ー伊勢国源道義息尚義ー越後国平盛頼ー備前国平義親ー奥州藤原心海入道息仲時、仲綱の母、息藤原仲綱ー桑嶋平六息藤原宗綱ー天下一桑嶋肥前掾藤原実綱ー桑嶋采女正藤原重綱
と同時に小河乗澄は「仮名安驥集」を、平仲国・安国・眼心は「仲国百問答」を著したとしている。これらの出典は「本朝武林原始」とするので、検索すると、享保八年の日夏四郎左衛門繁高「本朝武林原始」巻第五馬事之部馬医に『肥後国に平仲国といふ馬医の上手ありその子に安国眼心とて二人あり・・・』
 一方、白井「日本獣医学史」や山脇「日本帝国家畜伝染病予防史」、深谷「獣医の古説」では『肥後の硯山平仲国、桓武帝延暦の時入唐して大延に学び・・・』とする。

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学而不思則罔